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2013年07月01日

監督のぼやき・・・2 「先人が護ったBASEBALL」

昨今、高校野球は礼儀とか、挨拶、感謝の気持ちを身につけるためにするというような話を聞きますが、果たしてそうでしょうか? 私は、順番が逆だと思います。単純に幼い頃に、楽しかったから、感動したから、やっているのではないでしょうか?もともと、地域のガキ大将が先頭に立ってやっていたのが野球です。その野球をやっていく中で、そういった子供達の心の中で深化したものになった時に、自然と野球というものに敬意を感じ、競技にも人にも物にも、真摯な態度・取り組み方に変わるのだと思います。野球を、愛すれば愛するほどに、自然と身に備わっていくものだと思います。道元も「禅」の中で、自然に身につくのが教育だと言っています。だから、野球が上手い下手、勝った負けたとは、全く違う次元なのです。野球が好きでもなく、親にやらされたり、なんとなくやっている程度の選手に、形だけの礼儀を求めても意味があるのでしょうか? 儒教の話ですが、礼には、「仁」がなくては無意味なのです。
 野球を、武士道のようにおっしゃる方がいますが、理解する部分も多々ありますが、戦中に敵国のスポーツだということでできなくなりそうだった野球を、早稲田の学生やOB教員が中心になって必死に守るために、軍の教練の一部として残るようにしたのが野球です。軍隊のようにやりたくてやったのではないのです。野球は、武道ではありません、目茶目茶面白いスポーツです。先人たちは色々な困難な社会情勢の中、戦中にも関わらず、このスポーツを守ってきたのです。だから先人たちに敬意の念を持ち、このスポーツを心底愛し、尊び、楽しむことこそが真の野球道だと思います。不易流行とは、そういうことではないでしょうか。